大判例

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広島高等裁判所 昭和28年(う)431号 判決 1953年9月09日

控訴人 被告人 東光昭

弁護人 中川鼎

検察官 小西茂

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人中川鼎の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第二点(事実誤認)について

論旨は、本件「金敷」は古物であつて金属屑ではなく原判決には事実の誤認があると主張する。そして古物営業法には古物の意義につき所論のような規定があり、又本件条例の定める金属屑中には前記同法の定める古物はこれを含まないものとされていることも所論のとおりである。しかし原判決挙示の被告人の原審公判廷における供述、証人森山ヤス子の証言並びに当公廷における被告人の供述を綜合すれば、本件の金敷なるものは元プレス機械の一部を為していた金属板であるが機械の解体によりこれを金物の叩き台として利用していたものであつて本来の製造目的に従つて使用されていたものではなく、又プレス機械にはそれぞれ規格があるため他のプレス機械にも全然通用できず部分品としても取引の目的になり得ないものであり即ち本来の用法に従い使用に堪えないものであつて、被告人もこれを金属屑として買受けたものであることが認められるから、所論のように右は古物であるとは到底解し難く金属屑と認めるのを相当とする。従つて原判決には所論のような事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

第一点(法令適用の誤)について

昭和二六年八月一〇日広島県条例第三九号金属屑業条例第一条は「この条例は古物営業法(昭和二四年法律第一〇八号)及び質屋営業法(昭和二五年法律第一五八号)と相まつて金属類の盗犯その他の犯罪を防止する見地から金属屑業者の守らなければならない事項を定め、及びその履行を確保し、もつて公共の秩序の維持に資することを目的とする」と定め、同第三条は「金属屑業を営もうとする者は営業所ごとに次に掲げる事項を営業所(中略)の所在地を管轄する公安委員会に届出なければならない<以下省略>」と定め、更に第一〇条は「業者は、未成年者又はその委託を受けた者と金属屑を売買し、若しくは交換し又はこれらの者からその売買若しくは交換の委託を受けてはならない。但し未成年者の同居親族又は法定代理人の同意があるときはこの限りではない。」と定め、なおその第二〇条において右第三条第一〇条の違反行為につき罰則を設けている。従つて金属屑業者についてはそれらの規定が営業の自由を制限するものであることは所論のとおりである。そして論旨は右の条例の規定を以て憲法第二二条、地方自治法第二条第一四条、民法第四条第五条等に違反し無効であると主張する。しかし憲法第二二条は国民の権利として職業選択の自由従つて又営業の自由を保障しているが、その自由を無制限に享有させているのではなく公共の福祉の要請がある限り制限され得ることも認めているのであつて、金属屑営業に届出義務を課し且或る種の取引行為につき一定の制限を設けこれに違背した場合を処罰することが公共の福祉を維持するために必要であるならばその制限は何等憲法に違反するものではなく、又憲法第九四条は地方公共団体に対しその権能である行政を執行するため法律の範囲内において条例の制定権(いわゆる自治立法権)を保障しているところであつて、地方自治法第二条第一四条によれば、地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全健康及び福祉を保持するためにも条例を制定し且つその条例中に条例違反者に対する罰則を設けることができる旨を定めている。そこで問題は金属屑営業者に対する前記の如き制限が公共の福祉即ち地方公共の秩序を維持し住民及び滞在者の福祉を保持するため必要なものであるかどうか及び右の制限は他の法令に違反するものであるかどうかであるが、古物商並びに質商については従前から許可営業主義を採り且つこれに対し種々の営業制限が設けられ以て今日にも及んでいるのであるが(昭和二四年法律第一〇八号古物営業法、同二五年法律第一五八号質屋営業法)それは賍物の相当数がそれらの業者に流れる現実の事態に鑑みその流れを阻止し又はその発見に努め被害者の保護を計ると共に犯罪の予防ないし検挙を容易にするために必要であつて、右は国民生活の安寧を図りいわゆる公共の福祉を維持する所以であるから、公共の福祉を維持するため必要なものとして右の制限も是認されているのである。(なお昭和二六年(あ)第四六二九号同二八年三月一八日最高裁判所大法廷判決参照)本件金属屑についても事情は全く同一であつて殊に終戦後金属屑の需要が盛んとなるに従い、これらが盗犯その他の犯罪の対象となり且つその犯人は未成年者の少年が多数である広島県下の実情に鑑み同県が前記本件条例を制定するに至つたことも十分首肯し得るところであつて右は地方公共の秩序を維持し住民及び滞在者の福祉を保持するため即ち公共の福祉を維持するため必要なものと認めざるを得ない。また条例はその規定事項について他の法令(法律、政令、省令等)に違反することを得ないものであつてその違反する限度においては無効であることはいうまでもないけれども、しかし前記第一〇条の規定は単に金属屑業者に対し一部の未成年者即ち法定代理人又は同居の親族の同意のない未成年者と金属屑の取引をすることを禁止制限したに止まり未だ一般的に未成年者の行為能力を制限したものでないことは勿論右違反行為の私法上の効力については毫も触れるところはないのであるから右の規定を以て所論のように民法第四条第五条等に矛盾牴触する規定であるとは認め難い。即ち右第一〇条は行政上の取締の目的で之に違反する金属屑業者に刑罰を科するけれどもその私法上の効力を無効とする法意ではないと解すべきであつて、これらはすべて民法の定めるところに従つて決せられるものであることは前記条例と他の法令との関係からも自明とするところであるから従つて所論の民法の規定にも何等違反するものではないと言わねばならない。ただ業者に対する右の制限の結果前記同意のない一部の未成年者(これらは概ね犯罪者と想像される)が業者に対し金属屑を売渡すことは事実上困難となるであろうけれも、しかしそれは前記制限のいわゆる反射効ともいうべきものであつて、これを以て右制限が所論のように民法第四条第五条等に違反する無効の規定であると見るべきものではない。故に原判決が同条例を適用処断したのは相当であつて所論のような法令適用の誤はない。論旨は理由がない。

第三点(量刑不当)について

記録を精査して諸般の情状を考察し所論を検討するに、当時被告人が本件制限規定の存したことを全然知らなかつたとの点はたやすくこれを信じ難いところであり、更に本件金敷は盗品であつたこと等を考慮するときは所論のその余の被告人に有利な事情を勘案しても原判決が被告人に対し罰金二千円の実刑に処したことを以て量刑が不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 伏見正保 判事 尾坂貞治 判事 小竹正)

弁護人の控訴趣意

第一点

原判決は広島県条例たる金属屑業条例第十条第二十条第二十三条を適用し被告人を罰金二千円に処しているが右各法条は左の理由によつて無効のものであり斯る法条を適用して被告人を有罪と認定した原判決には明らかに法令の適用を誤つた違法がある。

第一前記条例は憲法に違反している。1、憲法第二十二条は職業選擇の自由権を認め営業自由の原則を確立し以て私的経済生活の自由なる活動を保障している。2、而も民法第四条第五条に於ては未成年者を絶対行為無能力者とすることなく不完全なる行為能力者となすに過ぎない。3、然るに前記条例第十条は未成年者との売買行為を禁止して之が効力を無効ならしめ以て営業の自由を蹂躙している。4、尤も憲法に保障せる自由権も常に公共の福祉に反しない範囲に於て之を保有していると云ふ制限を受くべきことは争ないところであるが前記条例第一条の「金属類の盗犯その他の犯罪を防止する目的」を完遂する為には夫々他の法令が制定せられているのであつて前記条例第十条の禁止(制限)規定はその公共の福祉なる制約をも逸脱せる規定と謂はざるを得ない。5、前記県条例第十条第二十条は地方自治法第十四条第一項第二条第二項所定の条例制定権の範囲をも逸脱した違法の条例である。以上の諸点より右条例は憲法違反の違法がある。

第二前記条例は民法第四、第五条に違反している。1、民法は第四条に於て「未成年者が法律行為を為すには其法定代理人の同意を得ることを要す<但書省略>前項の規定に反する行為は之を取消すことを得」と規定し第五条に於て「法定代理人が目的を定めて処分を許したる財産は其目的の範囲内に於て未成年者隨意に之を処分することを得目的を定めずして処分を許したる財産を処分する亦同じ」と規定して、(イ)未成年者が法定代理人の同意を得ずして為したる法律行為はその取消の意思表示が為さるるまでは不確定ながら一応法律上有効なものとして居り、(ロ)法定代理人が或る目的を限界し包括的処分権を許容した場合にはその限界内に於て個々的且つその度毎の同意を必要としないで個々的財産を自由に処分し得るものとなしている。2、然るに前記条例第十条は「業者(金属屑業者)は未成年者(中略)と金属屑を売買し(中略)てはならない」と規定し更に同条例第二十条は「第十条に違反した者は一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する」と規定していて右業者が未成年者と売買法律行為を為すことを罰則を以て禁止しその法律行為を無効ならしめている。

前記条例は業者の為す売買を禁止していて形式的には未成年者の行為能力は毫も之を制限していないやうであるが業者対未成年者間の法律行為を実質的に無効ならしむる条文である限り実質上未成年者の行為能力を制限するものであつて民法第四条が法定代理人の同意が無い場合に於ても単にその法律行為を取消し得るに過ぎないものとした行為能力の制限を一県条例を以て更に制限した無効のものと謂はざるを得ない。

加之民法第五条により未成年者に対し包括的処分権を許容している場合に於ても前記条例第十条には右第五条に相応する規定が存しない為個々的隨意処分が悉く無効とせられる虞が多分にあり此の点に於ても民法所定以上の制限を加へているものと断ぜざるを得ない。3、条例第十条但書には「未成年者の同居の親族又は法定代理人の同意があるときはこの限りでない」と規定し民法第四条の同意権者が法定代理人に限つているのに反し同居の親族にも同意権を与へ以てその法律行為の有効無効を左右せしめて居るのみならず同条例第二十条の犯罪の構成要件をも同居の親族の同意の有無にかからせている。4、民法第百二十二条は取消し得べき行為の追認を認め以てその効力の確定化を計つて居るのであるが前記条例には斯る趣旨の規定は全然存しない。若しそれ本件の如き場合に於て法定代理人(条例第十条但書によれば同居の親族)の追認がありたる場合民法上は行為の初めより有効と看做さるるにも拘らず条例第十条第二十条によれば右行為は追認あるも尚飽くまで無効であり処罰の対象となるべきものとせらるるのであろうか。以上の理由によつても条例第十条第二十条は無効のものと信ずる。

第三無効の条例を適用した違法がある。前記第二、第三に於て説述したところによつて明らかな如く前記条例は無効のものであるのに拘らず原判決は之を適用して被告人を有罪と認定したので明らかに法令適用の誤があるものと謂はざるを得ない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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